平松麻 静謐な心象風景の絵
平松麻の略歴
平松麻さんは、1982年生まれで東京都出身の日本人画家。
平松さんの手によって描かれる静謐な風景の絵は、抽象的で心象画のような側面もあるが、不思議と現実感も漂わせる。
平松麻『轍』
平松麻『雲Ⅳ』
子供の頃から絵を描くのは好きだったものの、画家が職業になるものだとは思っていなかったという平松麻さんは、学生時代、キュレーターを目指し、美術館に通い詰めては絵と対話を繰り返していたと言う。
美術館では、自分が気に入った絵の前で、なぜその絵がいいと自分が感じたのか、延々自問を続けた。
大学卒業後、設計事務所で空間デザインを学んだ平松さんは、その後、銀座のギャラリーに勤め、2012年から本格的に絵画の制作を開始することとなる。
絵画制作に取り組んで以降、個展での発表を重ね、村上春樹の文学賞受賞の講演テキストや、穂村弘の書籍の挿画を描いたことでも注目を集める。
平松麻の作風
平松さんの作品の特徴は、その抽象性と物質性の調和と共存にある。
抽象的と言っても、絵のモチーフは決して夢や想像の世界の産物ではない。自分の描く絵の風景や題材が一体どこからやってくるのか、ということに関し、「お腹のあたり」に確かに在るもの、と平松さんは表現している。
自分の体の中、お腹のあたりに土地が広がっていて、そこはいつも曇り空で、重たい雲があって、土があって、砂利があったり、たまに沼があったり、椅子とか、建物とか家具とか……。そういうものが、“ある”んです。
(中略)
とにかく「気配」がすごく“ある”。その「気配」は自分の感じる主観的なもので、外の世界では見えないこともなんとなくはわかっているけれど、でも確かに“ある”と思っている。それで、私が“ある”と感じている「気配」を表現するのには、絵という手法がすごく合っていると思ったんです。
絵のモチーフは、「頭」でこしらえたものではなく、「お腹のあたり」に在るもの。
それは想像の産物ではなく、自分の内側に確かに存在し、広がっている、気配として感じ取れるものであり、見えないはずの景色が「見える」、という感覚は子供の頃からあったと平松さんは言う。
その“気配”を、絵という客観対象物に、繊細に落とし込んでいく感覚だろうか。
床材やベニヤ版の木っ端に、ペインティングナイフで絵の具を重ね、やすりなどを使って研磨し、立体的な凹凸を表現する。
その微かな凹凸は、平松さんが絵と過ごした時間の積層を物語っている。
立体的に絵具を積層させ、乾いたらペーパーで研磨し、ミリ単位で細かな凹凸をつくっていきます。
絵は平面であると同時に立体でもあると思っていて、自分が絵と過ごした時間と、その時々の気持ちの積層なんです。
作為で画面を作るようなことをすれば、絵が向こうから縁を切ってきます。もとからある気配や存在が自然に出てくるまで待って、ペインティングナイフが進みたい方向に動くように描きます。
平面の表現だけでは叶わない、奥へ奥へと、ずぶずぶとどこまでも入っていけるような絵を描きたいと思っています。知りたいことに向かうことが私にとっての絵画なのかもしれない。
額で隔てることによって空間との境界線ができてしまうことから、最近は額装をしないことも多いと語る。
横から見たときの厚みや凹凸、こぼれた絵の具もまた、作品に刻まれた“気持ちの積層”となる。
お腹のなかに在る何かを、繊細に掬い取るように、探るように、絵の具を重ね、ペーパーで研磨し、凹凸を生み出す。
その結果、物質的でありながらも、抽象性と叙情性を備えた温もりのある絵が立ち現れるのかもしれない。
平松麻さんの「モノ」に対する感性が育まれたのは、幼少の頃だった。
幼少期、家庭でお膳の準備を任されていた彼女は、食事のたびに、母に料理に合う器を選ぶように言われた。
平松さんは、自分の納得のいくまで幾度となく器を選び直し、食卓に並べた。料理と器の相性はもちろん、漆器は時間とともに変化もする。
お椀の使い方ひとつで透け方やにじみが美しく変化すると、愛着も増していくんです。自分の感覚で自由に、経年変化を絵具で再現してみたい。
この幼い頃の感覚記憶に刻まれた、色合いや漆の肌もまた、美しさの故郷として絵を描いているのだろう。
当初、自分自身で絵を描くことは全く考えていなかったという平松麻さん。
しかし、ある一枚の絵を観たとき、呼吸が止まるほどの感動を覚えた。その絵の純粋さに触れ、「お腹のあたり」がすっかり“脂肪”だらけになっている自分に気付かされた。
このときの経験がきっかけで、平松さんは「表現する」ことに目覚める。
絵を描くことが仕事になるとは考えたことがなかったんです。
ところがある日、一枚の絵を観た瞬間に過呼吸になるほどの衝撃を受けて。
その絵があまりにも純粋すぎて、自分が脂肪だらけで、お腹の中に“景色”が溜まりすぎていると感じてしまった。
絵を描くことは、自分が生まれてよかったと感じられる一本の杭である、と彼女は言う。
平松麻公式ホームページ[http://www.asahiramatsu.com/]
参考記事
向き合うことで心が澄みわたる、平松麻の静謐な絵画。
「気配」を描く。画家・平松麻 展覧会開催記念インタビュー