原研哉のエッセイとサイト「低空飛行」

デザイナーの原研哉さんによって、一年半の準備期間を経て制作されたWebサイト「低空飛行」。

この「低空飛行」では、ブログやエッセイのような文章の他に、Webデザインから写真、動画、紹介されるスポットの選定まで、全てにおいて原研哉さん本人が手掛け、サイト内にはデザイナーとしてのこだわりが濃縮されている。

原研哉の低空飛行低空飛行のスマホ画面  /  原デザイン研究所

サイトの内容は、原研哉さんが選んだ日本のスポットを、文章や写真、動画で紹介しつつ、一方で「観光」にまつわる事柄を考察したエッセイ、またポッドキャストによるラジオ音声も配信されている。

低空飛行とは

飛行機の旅ではありません。こんな日本はいかがですか、と原研哉が選りすぐりのスポットを紹介するサイトです。

場所の選定、写真、動画、文、編集の全てを本人が手がけることで、情報の独自性と篩の目の純度を維持します。「低空飛行」とは、地上の景色をつぶさに眺められる高度で、日本の深部あるいは細部をくまなく見てまわる旅をイメージした比喩的な名称です。

日本の魅力の核心に目を凝らします。

原研哉『低空飛行』

ネット上で表現されるデジタル作品や原さん個人が運営するメディア媒体のような体裁に近く、YouTubeも上手に駆使されている。

サイト内は、登録制ではあるものの無料で、メールアドレスとパスワードのみで見ることができる。

低空飛行 tei-ku.com

三重県の志摩半島にあるアマネムや、神奈川県の湯河原温泉にある宿石葉など、どのスポットも、静寂と自然と日本の美意識が堪能できる場所となっている。

以下は、現在「低空飛行」で紹介されているスポット一覧である。

  • 秋田県 乳頭温泉郷 鶴の湯  [WEB]
  • 鹿児島県 霧島連峰 テンクウ  [WEB]
  • 石川県 能登 さか本  [WEB]
  • 瀬戸内海 客船旅館 ガンツウ  [WEB]
  • 神奈川県 小田原 江之浦測候所  [WEB]
  • 神奈川県 湯河原 石葉  [WEB]
  • 石川県 山代温泉 べにや無何有  [WEB]
  • 鹿児島県 妙見温泉 雅叙園  [WEB]
  • 北海道 倶知安町 坐忘林  [WEB]
  • 三重県 志摩半島 アマネム  [WEB]
  • 奈良県 吉野町 吉野杉の家  [WEB]
  • 静岡県 修善寺 あさば  [WEB]

文章は日本語だけでなく、英語と中国語にも対応している。

写真の載ったトップページから、下にスクロールしていくと各地の写真があり、写真をタップすると動画が表示される。

動画の右下にあるスポットの名前から、それぞれのスポットに関する記事に飛ぶことができる。

繊細に紡がれた文章と美しい写真が立ち現れ、さらに下にスクロールしていくと、動画の下に地図が表示される。

右上のメニューボタン(三本線)を押せば、ブログやサイトの説明、SNSの項目などが現れる。

全体に統一感があり、仕組みも含めデザイン性に優れた一つの「作品」と言える。

この「低空飛行」は、巷で人気のおすすめスポットを紹介する、という目的でもなければ、ことさらに穴場を紹介する旅ブログ、というものでもなく、ただ、自分自身の「目」と「言葉」で伝える、ということを大切にしていると原研哉さんは同じくデザイナーの佐藤可士和さんとの対談で語っている。

いわゆる「観光」という使い古された概念を塗り替え、もう少し解像度を上げた目で見つめた日本を形にしてみたいと考えたようだ。

今、グローバルになりつつある時代だからこそ、ローカルというものが、もう一度見直されている。

全体が一色になっていけば、その反動として、それぞれの色が求められるようになる。だからこそ、誰もが見ている景色ではなく、自分にとって見える景色を表現する。

対談のなかで、「個」の視点を出したサイトの必要性について次のように原さんは語る。

最近よく感じることなのですが、基本的にWebサイトというのは大きな企業や組織が運営しているものよりも、個人の独白のようなコンテンツや、徹底的にパーソナルな視点で編集されているものの方が面白いと思っているんです。

『デザインノート〜原研哉特集〜』

今ではiPhoneなどデジタル機器が普及し、誰もが比較的容易に綺麗な写真を撮ったり、動画を編集できるようになった。

サイト作成のハードルも下がりつつある。若者たちはSNSも駆使し、自分に合った媒体(インスタグラム、ツイッター、YouTube、ブログなど)を活用し、表現している。

今後は、自己表現だけでなく、世界を通して自己を表現する、という人たちも続々と増えていくのだろう。

 

「半島航空」構想

もう一つ、観光面における原さんのビジョンとして面白いなと思ったのが、「半島航空」構想だ。

かつて海が交易の中心だった時代、半島というのは「アンテナ」だった。

半島の先には、栄えた頃の歴史を感じさせる町があり、景色も美しく、その場所には国内だけでなく、海外からの来客にとっても魅力的な観光の要素がたくさん詰まっている。

しかし、残念ながら「半島」は、新幹線などで繋がれた都市間移動が中心の現代では、もっとも行きづらい場所になってしまっている。

そこで原研哉さんが掲げる大胆な構想が、日本列島の半島を、飛行機や飛行艇(水陸両用機)で繋ぐ、「半島航空」である。

画像 :『デザインノート〜原研哉特集〜』

たとえば、西回りと東回りに、二日で日本の半島を一周する航路ができれば、半島の先にある漁港は空港となり、半島を巡る、ということも今より遥かに容易になる。

それぞれの半島に素敵なホテルや旅館などがあれば、海外観光客が利用する機会も増えるかもしれない。

この「半島航空」構想が本当に実現性を持っているかどうかは別としても、こうして自分の住んでいる地域を、ほんの少しだけ壮大な物語のように捉え、今までと違った視点で見直してみる、というのも面白い試みだと思う。

ちなみに、原研哉さんのエッセイ集に関しては複数冊が刊行され、またホームページでも短い文章が読める(THINKING)が、その言葉には、理性的でありながら美しさもあり、デザイナーの文章の魅力が詰まっている。

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