東郷青児と竹久夢二

東郷青児と竹久夢二

東郷青児の描く絵には、モダンな装いながら、憂いを帯びた眼差しの女性がよく登場する。

この画風は、大正時代に一世を風靡した竹久夢二の美人画を連想させる。実は、東郷青児は画学生だった若い頃、竹久夢二デザインの雑貨を売る「港屋」という店で、夢二の絵の写しを描く手伝いをしていたことがあった。

当時の竹久夢二は大層な人気だった。まだテレビもラジオもない時代にもかかわらず、日本の津々浦々にその名を轟かせ、「夢二式美人」と呼ばれる彼の叙情性は広く浸透していた。

その竹久夢二が、唯一籍を入れ結婚した妻であるたまきと、離婚したあと(二人は離婚後も数年のあいだ同居と別居を繰り返しながら関係を続ける)に、たまきや子供たちの自立のために開いた店が、「港屋絵草紙店」だった。

港屋は、東京の日本橋呉服町(現在の中央区八重洲)にあり、店主はたまきで、店では夢二がデザインした版画や千代紙、便せん、封筒、団扇、風呂敷、浴衣、手拭い、絵本などの雑貨を販売。

夢二人気の影響で、店は大繁盛する。

仲間を連れてきて一緒に盛り立てたり、若い作家の作品発表の場ともなった。

たまきの風貌も、まさに竹久夢二の作品に描かれる女性そのもので、美しく魅惑的、夢二の作品たちで彩られる店内の空気に違和感なく溶け込み、集まってくる夢二ファンを魅了した。

たまきをモデルにしたとされる竹久夢二の絵

東郷青児『望郷』

まだ十七歳だった学生時代の東郷青児も、友人に連れられ、港屋に出入りするようになる青年の一人だった。

この若い画学生のことを気に入ったたまきは、当時夢二とたまきが住んでいた自宅に招いた。

大人気の竹久夢二の家なので、さぞ豪邸だろうと東郷青児は胸を躍らせたが、暗がりの雰囲気が漂う寂しげな長屋だった。

手先が器用だった東郷青児は、たまきから夢二の絵の写しを手伝うように頼まれ、作業も兼ねて頻繁に家に行くようになった。

他にも、村瀬という版画の彫り師が、神近市子という女性とよく一緒に訪れた。

その頃、夢二は別の女性のもとに入り浸っていたので、夢二と会うことはほとんどなく、夢二のいない末期的な寂しさの充満した家で、他愛もないことを喋りながら過ごした。

たまきは寂しげで、妖しい美しさを備えた一回り以上年上の女性で、東郷青児はたまきに淡い憧れを抱いた。

ある頃から、二人が不倫関係にあるのではないかという噂が立ち、その噂を耳にした竹久夢二は、新潟旅行中に長文の電報を寄越した。

「昨夜お前が不義のちぎりを結んでいる夢を見た。自分の今までの経験で、このような掲示は常に的中していた。心おだやかではない。もしお前にうしろ暗いところが無かったらこの電報を受け取り次第東京を立って新潟に来い」

たまきはさっそく出発の準備を始めた。二人は富山県の宮崎海岸で会ったが、嫉妬心と怒りから夢二がたまきの腕を刺す、という事件を起こす。

このときの様子は、夢二の死後にたまきが書いた回想録のなかで詳しく描写されている。

その回想録によれば、港屋の評判はよかったものの、(夢二が他の女性にうつつを抜かしているため)店の品薄状態などに陥っていた不始末の穴を埋めてくれたのが若い東郷青児だった。

あるとき、たまきと東郷青児の関係を疑った夢二に、旅先の新潟と富山の県境にある泊温泉近くの海岸に呼びつけられた。

二人の関係を夢二に告げたのは、のちに夢二と恋仲になる彦乃だと言う。

興奮した夢二は、海岸でたまきを責め立て、短刀を突きつけて一晩中引き回し、たまきの顔を五寸ほど切った。

さらに、宿に戻って翌日も怒りは収まらず、気が休まればいいのだからほんとうのことを言えと迫り、たまきが言われた通りに答えると、「急に猛り立って私の左腕を刺し、骨に通った刀が抜けず、血が止まるまでハンカチで縛って止血し、看視につけた知人を電話で呼ぶ始末、夢二もその人もその刀が抜けず、私が自分で抜きました」。

この騒動の以前にも、東郷青児とたまきが外泊する約束をしていると察知した夢二が、晴れ着姿で外出しようとするたまきの服を、肩先から袖の辺りまで切り裂く事件もあった。

この海岸での一件があり、二人は決定的な離別を迎え、夢二も、弟子の一人であった彦乃に入れ上げるようになる。

果たして、東郷青児とたまきが不倫関係にあったのかどうか、という真相は薮のなかである。

ただ、東郷青児自身は、のちに書いた手記で、一度だけ数人でこたつを囲って寝ていたときに、目を覚ますとたまきが彼の顔に覆いかぶさるようにして涙を流していたことがあり、すぐに彼女は自分の寝床に戻ってしまったが、それ以上の特別な関係はなかった、と語っている。

竹久夢二の新しい恋人となる彦乃は夢二のもとに通っていた女弟子の三人のうちの一人で、別の一人におあいという女性もいた。

東郷青児は、その後、このおあいに恋をする。大柄で明るい女性。

東郷青児より年齢は二つ上で、女学生だったが、大人の世界に好奇心を抱き、突拍子もない視点でものごとを眺めていた。

振れ幅が大きく、奔放な感情は東郷青児を振り回したが、彼はいっそう激しく恋い焦がれるようになった。

この辺りのエピソードは、東郷青児の回想記である『他言無用』の「夢二の家」という章に詳しく掲載されているが、東郷青児とおあいのやりとりというのが具体的で、まるで儚い青春小説のような美しさがある。

赤と黒の派手な襟巻を縫って、私の首に巻きつけ、それと同じものを自分も巻いて、人通りの激しいところをこれ見よがしに歩き回ったかと思うと、急転直下、それがばかばかしくなるらしく、今度はその責任がことごとく私にでもあるように不機嫌になって、けんもほろろに私を打ち捨てるのである。

(中略)

初夏の頃、郊外を歩き回ったあげく、もう薄暗くなった王子の名主の滝にたどり着いた。

そこで、急に滝を浴びようとおあいさんが言い出して、すっかり私を困惑させた。

時刻が時刻なのでもう茶店の人たちも引揚げてしまった後だったが、それでも日ながの薄明かりで、ひと足がとだえた訳でも無い。私が躊躇していると、いきなり着物を脱いで素っ裸になり、私の帽子をかむって滝に飛び込んでしまった。

私はおあいさんの匂いのする着物を両手にかかえて、薄暮の中に浮いて見える蒼白いおあいさんの裸を見ながら、なんともいえない悲しさに襲われたことである。

胸の中をのたうつ言いようもないあらしに身もだえして、茶店の縁台に仰向けになって寝ころんでいると、いつの間に上がってきたのか水をはじいた素肌のおあいさんが黙って私の顔を見つめていたが、急に私にむしゃぶりついて唇に燃えるような接吻をした。

濡れたおあいさんの乳房が私を圧迫して、私が背中に回した手には冷え切ったつめたいおあいさんの肌が狂気のように感じられ、もうこのまま、このひとを殺してしまいたいと私は思ったのである。

しばらくそうしていると、私をはねのけるように立ち上がったおあいさんが、私の持っていた着物をひったくるように着て、まだ雫のたれている髪を拭おうともせず、足袋をはくとそのままばたばたと、表通りの方に走り出した。

驚いて私が後を追うと、「来ちゃいけない!」と言って、後も見ずに夕闇の中を走り去ってしまったのである。もう蝉の鳴き声のする季節だった。

森閑とした中に滝の音が聞こえ、ひぐらしの声が一時に私を包んでしまった。

出典 : 東郷青児『他言無用』

こうした「取りとめのない恋愛遊戯」が二年ほど続いたある日、おあいは東郷青児の仕事場にしていたアパートに来るなり、彼を抱きしめ、壁に押し付けた。

彼女、「もう、今日限りあんたにも会えない」と言い、力任せに頬ずりをした。

それから、誰のお嫁に行ってもあんたのことがこっそり思い出せるように入れぼくろをしてちょうだい、と言うと、彼の手を取り、刺青を入れるために針を刺し、肌には血が滲んだ。

彼女は泣きながら、「ほんとはあんたが好きなの」と彼のことを抱きしめた。十日ほどして、おあいは下町の水商売をしている家に嫁入りした。

東郷青児は、このおあいとの「片想いに近い哀れな恋愛」がいつまでも忘れられず、幾度となく蘇ってきたと綴っている。

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