画家 平松麻の“言葉”

画家 平松麻の“言葉”

画家の平松麻さんは、絵だけでなくその言葉に備わっている軽やかな重みも素敵だ。僕は平松さんの感じていることを体験はできないが、その言葉に触れると、きっと真実(ほんとう)なんだろうな、というのが伝わってくる。

平松麻さんは、まだ画集や本が出ているわけではないので彼女の言葉に触れるのは基本的にインタビューが中心となる。


あるインタビュー記事によれば、平松さんは、もともと画家を目指していたわけではなく、キュレーター志望だったと言う。画家が仕事になること自体知らず、キュレーターを目指し、展示会に通いつめたり場をつくるための勉強として設計事務所で働いた。

子供の頃から絵を描くのは好きだったものの、美大に通うなど画家になるための勉強をしてきたわけではなく、二十九歳のときに本格的に絵に取り組み始める。

絵を描くことが仕事になるとは考えたことがなかったんです。ところがある日、1枚の絵を観た瞬間に過呼吸になるほどの衝撃を受けて。その絵があまりにも純粋すぎて、自分が脂肪だらけで、お腹の中に“景色”が溜まりすぎていると感じてしまった。

それまでの私は完璧を目指す自己否定的な人間だったのですが、『表現しないと自分じゃない。自分に生まれてよかったと感じられる唯一の杭になるのは、絵を描くことなんだ』と分かりました。

出典 : 向き合うことで心が澄みわたる、平松麻の静謐な絵画。

こうして突如作品として絵を描き始めたという平松さんの話を聞くと、作家の村上春樹さんが小説を書き始めたときの印象的なエピソードを思い出す。

村上さんも、ちょうど平松さんと同じ年齢である二十九歳のときに、まるで啓示のように小説を書こうと思い立ったと語る。当時、自身で経営していたバー「ピーターキャット」の閉店後、真夜中に黙々と小説を書き続けた。それが、村上春樹処女作『風の歌を聴け』となる。


その啓示の瞬間を、村上さんはエッセイのなかで次のように描写している。

小説を書こうと思い立った日時はピンポイントで特定できる。1978年4月1日の午後一時半前後だ。その日、神宮球場の外野席で一人でビールを飲みながら野球を観戦していた。

(中略)

そしてその回の裏、先頭バッターのデイブ・ヒルトン(アメリカから来たばかりの新顔の若い内野手だ)がレフト線にヒットを打った。バットが速球をジャストミートする鋭い音が球場に響きわたった。ヒルトンは素速く一塁ベースをまわり、易々と二塁へと到達した。

僕が「そうだ、小説を書いてみよう」と思い立ったのはその瞬間のことだ。晴れわたった空と、緑色をとり戻したばかりの新しい芝生の感触と、バットの快音をまだ覚えている。そのとき空から何かが静かに舞い降りてきて、僕はそれをたしかに受け取ったのだ。

出典 : 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

そして、この帰り道、新宿の紀伊国屋で原稿用紙と万年筆を買い、毎晩バーの閉店から夜明けまでの数時間を費やし、半年ほどのあいだ試行錯誤を繰り返しながら、原稿用紙二百枚弱の小説を書き上げた。

それは文字通り、村上春樹さんの人生にとって「最初」に書いた小説だった。

このエピソードが、若干の色合いは違えども、平松さんの話とも重なるように思う。二人とも、作品として絵を描く、小説を書く、ということはしてこなかったものの、多くの作品に触れてきたことは確かで、それぞれの経験とも結合し、ひょんなことがきっかけ(啓示)となり、一挙に爆発的に表出したのかもしれない。

偶然なのか、必然なのか、村上春樹さんのアンデルセン文学賞受賞の講演テキスト(SWITCH PUBLISHING『MONKEY vol.11』)の挿絵を、平松さんは担当している。

もう一つ、平松さんの言葉で好きなのは、絵のモチーフに関するものだ。彼女の絵の世界には、一見すると抽象的であったり不鮮明で「よくわからないもの」が描かれている。

それはかつて宮沢賢治が口にした「心象風景」というものと似ているかもしれない。平松さんの絵は、「よくわからないもの」であるにもかかわらず、きっとどこかに存在するのだろう、という安心感を持っている。

平松麻『雲Ⅳ』

平松麻『轍』

作品のモチーフについて、平松さんはインタビューや個展に寄せた文章で「気配」や「お腹のあたりに広がる風景」といった言葉で説明している。

夢の中のものでも、湧いてくるものでもないんです。自分の体の中、お腹のあたりに土地が広がっていて、そこはいつも曇り空で、重たい雲があって、土があって、砂利があったり、たまに沼があったり、椅子とか、建物とか家具とか……。そういうものが、“ある”んです。

とにかく「気配」がすごく“ある”。その「気配」は自分の感じる主観的なもので、外の世界では見えないこともなんとなくはわかっているけれど、でも確かに“ある”と思っている。それで、私が“ある”と感じている「気配」を表現するのには、絵という手法がすごく合っていると思ったんです。飛行機に乗って雲海を見ている時、あるいは旅に出てある風景に出会った時、「これ知っている」という瞬間があるんです。それはデジャヴではなくて、自分の体の中にあるものが、現実のその景色を通して「こういうことだったのか」と勢いづく。

もしかしたら私が中に抱えている景色は、私の思い込みではなくて実は外も内も一緒なんじゃないかなと思うから、絵を描いて確かめているようなところがあるかもしれません。だから夢とかではなくて、すごく確かな実感をもって“ある”ものですね。あやふやな感じでも、ファンタジーでもない。“ある”という感じ。

出典 : 「気配」を描く。画家・平松麻 展覧会開催記念インタビュー

なるほど、だから安心感があるのだ。

たとえ受け手が見たことのない景色であっても、描き手が確かに見た風景だからこそ(これは言ってみれば彼女にとっての風景画なのだろう)、そこに一つの現実感が備わる。

そして、それが真実であればあるほど、作品は「愛」に近づくのかもしれない。

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