ずいぶん前、短歌をつくってみたいと思ったことから、ひとまず現代の歌人の短歌を色々と読んでみることにした。そこで様々な短歌が紹介されている本を読んでいたときに、笹井宏之さんの代表作の一つとして知られる、「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力をください」という歌と出会った。
この一風変わった短歌に、僕はすぐに惹きつけられた。えーえんとくちから、という音の響きや繰り返しは、いつまでも口から発し続けている様子を、どことなく悲しみとともに描いているようにも感じられた。そして最後には、「永遠解く力をください」と漢字に変換され、この切実さと飛躍を伴ったねじれが、不思議と心に沁み込んできた。
それから、僕の知っている短歌とは違う、独特のリズムで、短歌もこんなに崩していいんだな、ということも、そのとき初めて知った。と同時に、素朴に、この人は天才だなぁと思った。何がそう思わせるのか、言葉にするのはなかなか難しいけれど、ただ、こんなに型に縛られず、自由なのに、力みがなく、自然体で、逸脱気味であったとしても、透明度が高い、というのが本当に凄いなと思う。
笹井宏之さんは、1982年生まれの佐賀県出身の歌人で、僕が知った頃には、すでに若くして病気で亡くなっていた。26歳という若さだった。もともと難病も抱えていたこともあり、私生活には制限があったようだ。もしかしたらそんな境遇も、この言葉による詩的な飛翔感と繋がっているのかもしれない。
えーえんとくちからを知ってから、僕はさっそく笹井さんの歌集を買った。それはPARCO出版から出ている名久井直子さん装丁の歌集で、色味もサイズも絶妙で作風ともぴったりの本だった。
他の短歌も、笹井さんが笹井さんの宇宙のなかで歌い、奏で、その音色を聴いているような作品だった。音楽的でもあるし、また映像的なものもあり、でも、そこに意思のこわばりがなく、こんな風に言葉の世界で軽やかに羽ばたけるんだな、と驚いた。飛ぼうとしているのではなく、一羽の鳥として当然のごとく飛んでいる、といった雰囲気だった。
笹井さんの歌集をぱらぱらと読んでいると、それほど意味にとらわれることなく、ファンタジーのような広がりを持ち、心地よさがあり、ゆるんでいく。それでいて、ふいに切なさが迫ってくるような短歌も混じっている。たとえば、こんな風に──「ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした」「切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために」(笹井宏之『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』より)
笹井さんは、独特の世界すぎて、詠むにあたって参考になる、というのとはちょっと違うのかもしれない。ただ、純粋に読者として素敵な出会いだったなと思う。