ずいぶん前のこと、短歌をつくってみたいと思い立ったことから、ひとまず現代の歌人の短歌を色々と読んでみたことがあった。どんな歌が好きかというのもまだおぼろげだったので、とりあえずたくさん浴びてみようということで、近現代の短歌が紹介されている本を読んでいたときに、笹井宏之さんという歌人の「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力をください」という短歌を知った。
この一風変わった歌に、僕はすぐに惹きつけられた。「えーえんとくちから」という音の響きや繰り返しは、いつまでも口から発し続けている様子を、どことなく悲しみとともに表現しているように感じられた。そして最後には、「永遠解く力をください」と漢字に変換され、この切実さと飛躍を伴ったようなねじれが不思議と心に沁みた。
僕の知っている短歌とは違う独特のリズムで、短歌もこんなに自由に崩していいんだなということも、そのとき初めて知った。凄いなぁ、天才だなぁ、と素朴に思った。なにがそう思わせたのかはっきりとはわからない。けれど、こんなに型に縛られず自由なのに、力みがなく自然体で、逸脱気味であったとしても透明度が高い、ということが言葉の世界で可能なんだな、と思った。
笹井宏之さんは、1982年生まれの佐賀県出身の歌人で、僕が知った頃にはすでに病で亡くなっていた。もともと難病も抱えていたそうで十代の頃から私生活には色々と制限があったようだ。もしかしたらそんな境遇も、彼の詩的な飛翔感と繋がっているのかもしれないなと思う。
えーえんとくちからを知ってから、僕はさっそく笹井さんの歌集を買った。いくつか出ていたけれど、そのとき僕が買ったのは、PARCO出版から出ている『えーえんとくちから』という名久井直子さん装丁の作品集で、大きめの黄色い帯が印象的な本だった。色味もサイズ感も手触りも、作風とぴったりだと思った。
笹井さんの他の短歌も、笹井さんの宇宙のなかで歌い、奏で、その音色を聴いているようで、すいすいと読んでいけた。音楽的な歌も、映像的な歌もあり、こわばりがない。言葉の世界で軽やかに羽ばたいている。飛ぼうとしているのではなく、一羽の鳥として当然のごとく飛んでいる、といった雰囲気だった。
笹井さんの歌集をぱらぱらと読んでいると、それほど意味にとらわれることなく、ファンタジーのような広がりを持ち、心地よさがあり、ゆるんでいく。それでいて、ふいに切なさが迫ってくるような短歌も混じっている。たとえば、こんな歌のように。「ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした」「切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために」(笹井宏之『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』より)
笹井さんは、あまりに独特の世界なので、自分で短歌を詠むにあたって参考になるというのとはちょっと違うのかもしれないけれど、ただただ純粋に読者として素敵な出会いだったなと思う。