千利休と朝顔

余白を置き、想像をかき立てる、あるいは、引き算によって、より美しさを引き立てる感性を物語る、千利休の朝顔にまつわる逸話がある。

利休は、戦国時代から安土桃山時代にかけての茶人で、天下人の豊臣秀吉の側近だった。あるとき、利休の屋敷の庭に、たくさんの美しい朝顔が咲いたという噂を耳にした秀吉は、ぜひ見たいということで朝顔を観る茶会を申し入れた。

さっそく、秀吉が朝顔を楽しみに屋敷に向かったものの、庭にあるはずの朝顔の花は全て摘み取られていた。どういうことかと、訝しげに茶室に入っていくと、茶室には、庭の朝顔のなかでも、もっとも素晴らしい一輪の朝顔が活けてあった。茶室の静寂と、かすかな光のなかに、一輪の朝顔。この手法に、これは一本とられたと秀吉は悔しがったと言う。

一切花のない状態、言い換えれば、花を望む空の状態にしておきながら、限られた茶室の空間で一輪の美しい朝顔を見せることによって、想像の世界にいっそう花々が咲き広がる。この見せ方自体が、とても詩的な表現だと思う。

また、利休と秀吉に関しては、朝顔の花だけでなく、紅梅にまつわる話もある。

朝顔の茶会で一杯食わされたと思った秀吉は、利休に難題を与えた。ある春の日、水がいっぱいに入った金色の大鉢を用意させ、その傍らに紅梅を一枝置くと、「床に置いてある紅梅を、この大きな鉢に活けてみせよ」と命じた。そのまま活けようとすれば、紅梅の枝は、バランスが悪く、鉢のなかに沈んでだらしなく倒れることになる。

どうするか、と眺めている秀吉に対し、利休は、枝を逆手にして持ち、しごき始めると、紅梅の花びらや蕾を、鉢の水にはらはらと落としていった。水面に浮かぶ紅梅の花びらの鮮やかな美しさに、秀吉は驚嘆したと言う。

この話なども、余白とはまた少し違うものの、削ぎ落とし、一点に集約させ、残りは想像に委ねることで、そのままの形よりも、ずっと広い世界を見せることができる。限られた文字で表現する、和歌のような美しさがある。

この二つの逸話から、利休の詩的な表現力と、それから、自身の美学への徹底ぶりが伝わってくる。歴史を見ると、利休は、最期、秀吉による命令で切腹させられることになる。切腹の理由については、はっきりとしたことは分かっていない。ただ、派手を好む秀吉と、利休の美学との相違が、不和の要因としてあったのではないか、という説もある。

この切腹は、秀吉に許しを乞えば回避できたのではないかとも言われているが、利休は一切譲らなかったそうだ。

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