フランスの写真家ナダールの写真集で見る「顔」

フランスの写真家ナダール

ナダール 肖像写真

ナダールのセルフポートレート

主に十九世紀フランスで活躍した写真家のナダールは、数多くの画家や音楽家、作家など文化人の肖像写真を残している。

ナダール(本名 ガスパール=フェリックス・トゥールナション)は、一八二〇年にフランスのパリで生まれる。父は出版業などで成功するが、若い頃のナダールは父に反抗し、貧民街で暮らすこともあったという。

父の死後、財政難から仕事の糧を探し、新聞各紙に寄稿したり、詩人や芸術家を主人公にした小説を書いた。

その頃、ナダールの友人たちは、彼を本名のガスパール=フェリックスやトゥールナションではなく、「トゥールナダール」というあだ名で呼んだ。

これは、当時ナダールが遊びで語尾に「dar」をつけて話していたことに由来し、のちに省略され、「ナダール」が通り名となる。

ナダールは、小説では生活に困窮し、その後、劇画家、風刺画家になる。風刺肖像画によって、ようやく生活に余裕ができたナダールは、次に、新しい技術である写真に目を付ける。

ナダールの風刺画

ナダールによる風刺画。ジェラール・ド・ネルヴァルの肖像(wikipedia

肖像写真の探求に打ち込んだナダールは、現在のパリ九区界隈のサン・ラザール街にある建物に写真スタジオを持った(このナダールのスタジオは、のちにモネやルノワールが開く第一回印象派展も行われている)。

当時、写真の技術革新や普及が進み、パリでは肖像写真を撮ってもらうことが流行、ナダールの写真スタジオも軌道に乗る。

ナダールは、肖像写真家としてだけでなく、気球乗りや飛行技術研究家の一面もあり、気球研究家であるゴダール兄弟が操縦する気球に乗って世界初となる空中撮影も行なっている。

気球に乗ったナダール

オノレ・ドーミエ『写真を芸術の高みに浮上させようとするナダール』 一八六九年

こうして十九世紀のフランス・パリを写し取ってきたナダールは、二十世紀初頭、一九一〇年に九十歳で亡くなる。

ナダールの肖像写真集で見る「顔」

ナダールは、画家や音楽家、作家の他に、俳優や政治家などの肖像写真も撮り、またベル・エポック時代の華やかな女優たちも数多く撮影している。

以下は、ナダールが肖像写真を撮影した文化人たちの一部である。

歴史に名を残す人物らしい、きりっとした顔つきと眼差しで高らかに「私」を謳い上げるような写真が多く並ぶ。

作家、詩人

ユーゴー ナダール

ヴィクトル・ユーゴー

ツルゲーネフ ナダール

イワン・ツルゲーネフ

ボードレール ナダール

シャルル・ボードレール

ゾラ ナダール

エミール・ゾラ

マラルメ ナダール

ステファヌ・マラルメ

コクトー

ジャン・コクトー

美術家

ドラクロワ

ウジェーヌ・ドラクロワ

オノレ・ドーミエ

ミレー

ジャン=フランソワ・ミレー

ドービニー ナダール

シャルル=フランソワ・ドービニー

クールベ ナダール

ギュスターブ・クールベ

マネ

エドゥアール・マネ

モネ ナダール

クロード・モネ

ロダン ナダール

オーギュスト・ロダン

音楽家

ドビュッシー

クロード・ドビュッシー

研究者、政治家

ゴダール兄弟

ゴダール兄弟

ナポレオン3世

ナポレオン3世

俳優、女優など

ブロアン ナダール

シュザンヌ・ブロアン

リュシアン・フュジェール

サラ・ベルナール

ジュール・ベリー

ナダールの撮影した肖像写真をまとめた写真集としては、『パリの肖像 ナダール写真集』と、『ベル・エポック ナダール写真集』がある。

普段、肖像画でしか見たことのなかった画家や、顔を見たことがなかった音楽家も多数収録されている。

絵画の世界に革命をもたらし印象派の父と呼ばれたマネが、椅子に座って背もたれを逆にしている写真なども、一体どちらからこの演出を言い出したのだろうと撮影のときの会話の想像まで膨むようだ。

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