その軽やかさと繊細さと、幻想的な世界観の作風に惹かれるクリエイターに佐野裕一さんがいる。佐野さんは、1995年生まれで京都市在住の画家、漫画家で、京都精華大学のマンガ学部を卒業後、SNSを中心にイラストや漫画を発表している。
植物が好きということで、多種多様な植物と暮らし、佐野裕一さん自作の漫画『マンガでわかる 植物との暮らし方』によれば、育てている植物は150ほどだと言う。佐野さん曰く、室内では観葉植物を育て、ベランダではサボテンや多肉植物を育てている。佐野さんが植物を育てるようになったきっかけは、大学卒業後、就職もせず、部屋で一人不毛な日々を過ごしていたある日のこと。花屋で何気なく買ったシクラメンが、散らかった部屋で不思議と美しく見え、以来、在宅仕事のなかで植物が救いになっているそうだ。
植物を育てるのが上手な人のことを、英米では、「緑の指を持つ人」と呼ぶ。この「緑の指」という言い方は、指が緑色になるほどずっと植物に触れていることに由来するようだ。僕は、この言葉を、佐野さんの漫画で初めて知った。「緑の指」を持つ人に関し、漫画のなかで次のように表現している。
「緑の指」を操る人たちは
日々植物の小さな変化を読みとること健やかに育っているという
微かな証を読みとることを
無上の喜びとしています*
自分だけの箱庭を眺め
微かなしるしを読み解く遊び── 私にはそんな時間こそが
もっとも豊かなひとときに思えるのです
自然のなかの小さな変化を見つけ、微かな証を読み取くことを、豊かなひとときとして捉える感受性が、あの生への慈しみのある作風にも繋がっているのかもしれない。
佐野さんの描く絵は、淡く、余白もあり、動物や人物画、日常から抽象的なモチーフまでが、夢のなかのような幻想的な世界を紡ぎ出す。それは暖かく、可愛く、切なく、そして優しい。ときおり、ほんのりとユーモアもある。
普段、Twitterで多くの作品を発表しているが、たとえば、僕の好きな最近の佐野さんの作品をいくつか紹介したいと思う。
佐野裕一『さむい鳩』
佐野裕一『夢を泳いでる』
佐野裕一『傷のある人たち』
小さな生き物が多く、描かれる生命に温かみがある。動物のなかでは、ペンギンが特によく描かれている。ペンギンが大好きみたいだ。植物の漫画に、「よく見ること」が大事と書いてあったように、佐野さんの描く生き物の絵には、「眼差し」がしみじみと感じられる。ちゃんと見ている、ということが伝わってくる。抽象的な絵やファンタジックな絵でも、この世界を構成する不可欠な要素として、目には見えなくても、確かに存在している、という安心感がある。その作品を見ていると、自分もまた絵の世界の仲間であるような気がしてくる。
また、「架空の本の表紙を描いた」ということで発表した表紙絵も、本当に素敵な作品で、懐にペンギンを包むように抱いている絵には温もりとともに切なさが感じられる。
佐野裕一 架空の本の表紙絵
帯文も含め、表紙デザインとしても美しいし、描かれる人物のファッションもいい。佐野さん考案の架空の表紙絵については、『鴎の歌』『おやすみマンボウ』などもある(佐野裕一「架空の本の表紙描いてみた」)。その他、絵に関するワークショップを開き、可愛い動物のイラストの描き方を教えたり、SNSや自身のラジオメディアで緩やかな日常とともに考えていることを発信したりと、様々な形で表現に携わる活動を行なっている。