上村松園『牡丹雪』

上村松園『牡丹雪』

上村松園『牡丹雪』 1944年

上村松園しょうえんは、1875年(明治8年)に京都の下京で生まれ、1949年(昭和24年)に74歳で亡くなる日本画家で、鈴木松年や竹内栖鳳らに師事し、繊細かつ気品ある女性を描き、一貫して美人画を手がけた。近代を代表する「美人画の巨匠」であり、女性として初めて文化勲章を受賞したことでも知られる。

松園の代表作としては、『ほのお』や『序の舞』が挙げられる。また、個人的に好きな絵として、『牡丹雪』という作品がある。和傘を差し、前かがみになった商家の娘と、後ろに頭巾をかぶっている侍女が描かれ、余白を大胆に使った構図含め、女性の儚さのようなものが醸し出されている。

服の色合いも美しく、雪の降っている様子と絶妙な相性を見せる。表と裏で異なる布によって仕立てた帯は「昼夜帯」と言い、かつての女性たちが愛用していたスタイルだったようだ。

松園は、絵を描くことにおいて、「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵」こそ、自分の念頭としているものだと語っている。

その他の作品に関しては、「6人の芸術家が語る、上村松園の名作」という特集で、松園の色々な絵と魅力が語られている。

上村松園『焔』 1918年

上村松園『焔』  1918年

上村松園『序の舞』 1936年

上村松園『序の舞』 1936年

松園は、絵だけでなく、文章も書き残し、たとえば、日本画の特徴に関して綴った『日本画と線』では、日本画は色よりもまず「線」が重要である、と指摘している。

この「日本画」殊に風俗画の特有な妙所は何処にあるかと考えてみますると、まず主にそれは絵筆の尖端からいろいろな味を以て生れて来て、自由自在に絹や紙の上に現われてくる「線」そのものであろうと思います。

日本画の線と申すものは、この絵を作る上において最も重要なもので、日本画にこれがなかったら、日本画というものはまず無いと言ってもいいものかと存じます。

でありますからこの線一つでその絵が生きも死にも致します。仮りに今ここに一つの風俗画が描かれてあったと致しますと、その絵が画としてもたらすところの効果の大部分はまず線に帰せなくてはならぬと思います。

それほどこの線というものは日本画に取って重要な役目を持っているものでございまして、色彩を施すという技量よりも線を描くという技量の方がどの位重きをなしているか分りません。

上村松園『日本画と線』

日本画にとって、「線」は非常に重要で、「色」がなくてもよい絵というのはあるが、線なしの日本画はあり得ず、線が巧妙にできたら、それだけでしっかりとした日本画となる。むしろ、線が素晴らしい絵は、彩色をすることで却って無駄となることさえある、と松園は書いている。しかし、時代とともに線に対するこだわりが疎かになり、彩色ばかりに気を取られる風潮がある、と嘆く。

また、日本画の線の特徴や魅力とは、「走り具合や、重たさや軽さによって、物体の硬軟や疎密そみつは言うに及ばず、物その物の内面的実質までもその気持ちを如実に出す」ことにあると語っている。線によって、様々なものが表現でき、内面的実質までも如実に出すからこそ、線一つで、作品が生きも死にもする。

最後に、これからの日本画家に向けた言葉として、この文章は次のように締められる。

私は日本画は線があって初めて色彩を持つもので、色彩を先にすべきものだとは思いません。

線の長短や緩急が互いに交錯して、物象の内面外面を現わす妙味は、到底言葉に云い尽せません。

私が今の若い人達にお願い致したい事は、もう少しこの線に重きをおいて下すって、日本画の持つ特色を永く伝えるように努力せられるようされたい事でございます。(大正12年)

上村松園『日本画と線』

色彩で美しく見せようとするよりも、まず日本画の線の美しさを学び、表現してほしいと、当時の若い画家たちに訴えかけている。

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