いわさきちひろは、1918年に生まれ、1974年に亡くなった女性の画家、絵本作家で、花や子供をモチーフに描いた水彩画で知られている。夢のように儚く、幻想的な画風で、絵を見れば思い出すという人も少なくないかもしれない。
いわさきちひろの絵のなかで個人的に好きな作品が、白銀の雪が降り落ちる世界で、そっと宙を見上げている少女を描いた、『雪のなかで』である。
いわさきちひろ『雪のなかで』 1972年
色のある絵の多いなかで、この絵は、色もなく、静かで、少女は、祈りを込めているようにも、美しく降る雪に見惚れているようにも見える。絵の制作の翌年に新潟日報に公表された、同題の詩では、少女が夢のように美しい雪の景色に心奪われる情景が描かれている。
『雪のなかで』
雪のなかに はじめて おりたった日
こどもは そのひとみを 一ぱい見ひらいて
好奇心と感動で まばたきもできない。ずーっと前
庭のつつじが花をせいいっぱいつけたとき、
小さな手をさしのべて、その花をたたかずには
いられなかったふしぎな感動、
そしてまた
いなかの川べでおたまじゃくしのむれを
見つけた時の胸うつよろこび。こどもは、はじめて知るこの世のふしぎに
いつも そのまあるいひとみを輝かす
いま
雪はひひとして彼女の頬やまつげを打つけれど
この白い世界に、この子はもう一生忘れることのできない
美しい夢をもちつづけることだろういわさきちひろ『雪のなかで』(新潟日報)
初めて見る雪、その不思議な世界への少女の純粋な感動が描かれている。
この「霏々として」というのは、雪や雨が絶え間なく降るということを意味する。絶え間なく雪が頬やまつげを打ちながら、その向こうに広がる白い世界に、少女は、一生忘れることのない美しい夢の世界を持ち続ける。少女の眼差しに、その想いが深く宿っているように思う。
そしてまた、そんな風に、一つ一つ世界を知っていった感動を抱きながら、僕たちも大人になってきたのだろう。