川瀬巴水の雪景色 / 絵

川瀬巴水は、1883年に東京で生まれた浮世絵師、版画家で、衰退した浮世絵の再興のために、版元の渡邊庄三郎や、画家の吉田博らとともに新版画を確立した近代風景版画の第一人者でもある。

大正から昭和時代にかけて活躍し、1957年に、74歳で亡くなる。

叙情的な日本の風景を描いた絵が特徴で、海外の人気も高く、葛飾北斎や歌川広重と並び称されるほどの存在でもあり、Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズが愛した画家としても知られる。

川瀬巴水の作品のなかで印象的な美しい光景としては、月夜や水辺などの他に、雪景色も挙げられる。

川瀬巴水の雪の絵は、美しく、軽やかで、風が吹けば絵からも飛んでいきそうにさえ見える。巴水はかつて、この雪の描写に関して、「皆一様に点体のみで降る雪を現している様です。それではどうも物足りませんので、一つもう一層真実に近いものにしたい」と語っている。

一体、どういった意味なのだろうか。以下、川瀬巴水の描いたいくつかの雪景色になる。

川瀬巴水『雪に暮るる寺島村』 1920年

川瀬巴水『雪の金閣寺』 1922年

川瀬巴水『芝増上寺』 1925年

川瀬巴水『上野東照宮の雪』 1929年

川瀬巴水『牛堀』 1930年

川瀬巴水『雪の向島』 1931年

川瀬巴水『尾州半田新川端』 1935年

一つ一つの絵にある雪が、それぞれに違っている。日本的と言える風景を、様々な降雪が彩っている。

ただ、描かれている「雪」の様は、それぞれに違うものの、川瀬巴水の言葉にあったように、点体として表現するのではなく、「雪が降っている」という全体の生命の流れを断ち切ることなく、繊細に掬い取っているように思う。

人物は、傘によって顔が見ないことも多く、雪や町など、風景のなかに、ぽつんと佇むようにして溶け込んでいる。その調和が美しさを醸し出している。

また、川瀬巴水の雪の絵で言えば、絶筆となった、『平泉金色堂』も挙げられる。

この絵については、1957年、完成を見ることなく巴水は亡くなり、版元として支えた渡辺庄三郎が仕上げたと言う。

川瀬巴水『平泉金色堂』  1957年

この雪が降っている金色堂の絵よりも、20年以上も前に描いた同じ構図の作品があり、もともとは夏の夜の誰もいない光景だったものの、同じ構図で晩年に描いた際には、しんしんと雪が降り、さらに一人の僧侶が描き込まれている。

病床のなかでの最後の絵に、僧侶を描きこんだことから、作者の巴水自身を重ね合わせたのではないか、とも言われている。

一人の人生における終わりを、静かに受け入れているかのような作品となっている。

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