雪の絵

雪を描いた絵のなかで美しいと思う作品の一つに、版画家の川瀬巴水かわせはすいの雪景色がある。

川瀬巴水は、明治に生まれ、大正、昭和の時代に活躍し、衰退した日本の浮世絵版画の復興のため「新版画」を確立した中心的な画家の一人で、海外でも人気が高く、Appleの創業者のスティーブ・ジョブズが愛した画家としても知られている。

巴水の雪の絵を見ると、「雪」というよりも、「降っている」ことが繊細に描かれているように思える。その絵は、全体として一つの生命感を漂わせるような雪景色となっている。

  川瀬巴水『清澄園之雪』 1938年

川瀬巴水『暮るる雪 江戸川』  1932年

川瀬巴水『芝増上寺』 1925年

川瀬巴水『上野清水堂の雪』 1929年

寒々しさというより、雪全体で包み込んでいるように感じられる。また、巴水の雪景色は、赤と白のコントラストも魅力的に映える。

川瀬巴水の雪景色

巴水の雪景色を見ながら、ふと、冬の雪の絵だけを集めた、「雪の画集」というのはないのだろうか、と思った。しかし、図書館を探してみたものの、残念ながら該当するような作品集は見当たらなかったので、古い作品から、好きな雪の絵を並べてみようと思う。

日本の絵と比較すると、西洋画の雪は、「雪」は描いていても「降っている」という様を描けている絵は見たことがない。「降っている」絵ではなく、「降っている」ということそのものを表現する絵。主従関係ではなく、空間を織りなす一つになっている絵。舞い落ちるもの、散ってゆくもの、この動きそのものに宿っている情緒は、日本の絵の得意とする点なのかもしれない。

たとえば、江戸時代の浮世絵師である歌川広重の雪景色も、深々と「降っている」様子が描写されている。

歌川広重『東都名所 日本橋雪中』 1831年頃

日本橋の雪景。情緒的に降る雪のなかを、傘を差した人々が渡っていく。本来、天候のため富士山は見えないはずだが、作中には、遠くに富士山も描き込まれている。

また、大正、昭和初期の日本画家である速水御舟の『夜雪』という作品も、繊細で美しい雪の絵画である。

この絵も、背景として雪が描かれるのではなく、雪そのものが主題となり、「雪が降っている」ことが描かれている。

速水御舟『夜雪』 1930年

雪が静かに降っている。その静寂さえ、聴こえてきそうだ。

その他、個人的に好きな雪景色を描いた日本の絵としては、小村雪岱、上村松園、竹内栖鳳、土屋光逸、神坂雪佳などの作品が挙げられる。

小村雪岱『雪の朝』 1941年

上村松園『牡丹雪』 1944年

竹内栖鳳『春雪』 1942年

土屋光逸『雪の堅田浮見堂』 1934年

神坂雪佳『巴の雪』 1909年

一方、西洋絵画では、「降っている」ということそのものが描かれている作品というより、雪は(積もっているにせよ、降っているにせよ)主題の背景の一つになっている絵が多いように思う。

クロード・モネ『かささぎ』 1868 – 69年

アルフレッド・シスレー『ルーヴシエンヌの雪景色』 1878年

ヴィルヘルム・ハンマースホイ『雪のクレスチャンスボー宮殿』 1909年

モネとシスレーはフランス印象派、ハンマースホイはデンマークの画家で、時代的には同時代の画家である。

モネの『かささぎ』の雪面に注がれる光も切なくて綺麗だし、ハンマースホイの暗く陰鬱な雪のよさもある。

また、デンマークでは、19世紀から20世紀初期にかけての写実主義的な画家で、アンダース・アンデルセン・ルンビという人の雪の絵も、しんと静まり返った雪の風景が引き込まれる。

アンダース・アンデルセン・ルンビ『冬の森』  1882年

ラヴェル・バージ・ハリソンというアメリカの風景画家の描く、『クリスマス・イヴ』の温かみのある雪景色もいい。

ラヴェル・バージ・ハリソン『クリスマス・イヴ』  

クリスマスイヴの夜、満月が浮かび、遠くの水面にうっすらと光が零れている。民家の窓には優しい灯りが見える。

とりあえず、「雪の絵」から、好きな作品を選んでみた。

もちろん、西洋絵画と言っても歴史も国や地域も無数にあり、他にも、知らない雪景色の絵もたくさんあると思う。ただ、西洋画では、「雪」というのはあくまで舞台背景で、これはこれのよさもあるものの、「雪そのもの」に備わっている情緒、雪の舞い落ち、消えゆく儚さを描くことに関しては、日本の絵に際立っているように思える。

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